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web墨滴

こちらは立教大学書道研究会presents Web墨滴です。

ほんとうにどうでもいい話

月刊・篤志

何を書こうか・・・。いつもは代表から何らかのテーマをもらって執筆しているが、今回は何でもいいとのこと。そのように言われると、逆に書けなくて困る。あと2時間後はバイトなので、それまでに書かなければならないのだが、どうしよう。趣味の話をしようにも、筆者には面白い趣味など持ち合わせていない。せいぜい本を読んだりすることくらいで、最近はテレビの前でぐだぐだするだけである。わざわざ外に出ようとはしないしそのおかげで体重が・・・、という話はどうでもよい。

 あ、そうだ。そういえば、最近気づいたことがある。筆者が国会中継が好きだということだ(ここでいう国会中継とは、NHKが放映する衆参の予算委員会での質疑の模様のこと)。テレビをつけて、やっているとついつい見てしまう。でも別に、審議内容に興味があるから見ているというわけではない。むしろ気になるのは、答弁を聞いている委員らの様子である。質問者がテレビ画面に映っている時、筆者が注目しているのはその質問者ではなく、後ろに座っている委員らの方だ。彼らは自分が映ることを知っているので、熱心に聞いている顔をしている(実際のところはわからないが)。だが、たまに委員会室全体が映し出される時があり、他の委員の様子も見ることができるのだが、彼らは完全に油断しきっていて、大抵は手元の資料を読んでいるか、ぼーっとしているか寝ている。一方の答弁する大臣らも、質問とはかけ離れた答えをすることもしばしば。あの場で本当にちゃんと聞いているのは、速記者しかいないのではないかと思えてならない。

 ちなみに読者の皆さんはご存知か分からないが、テレビの前の議員たちのあの掛け合いはもはや出来レースであるといっていい。実は、質問者は事前に質問内容を通告することになっているのだ。もちろん大まかな内容について伝えるくらいはした方が良いだろうが、問題なのは答弁する側である。答弁に詰まったらすかさず彼らはこう言う、「質問通告を受けていないので答えられない」。まさに魔法の言葉であると言ってよい。筆者にも、10月下旬に(東書連)の期末総会が待ち構えているが、意見書に頼ることなくどんな質問にも答えられるようにしたいと思う。まあ、国会とは規模が全然違うのだけれども。

 では、バイトに行く時間になったので筆をおく。

 

平成丙申年弥生十日

細谷 篤志