web墨滴

こちらは立教大学書道研究会presents Web墨滴です。

ぎりぎりはつらいよ

 筆者には直したい癖がある。それは、何事もぎりぎりまでやろうとしないというものだ。もしくは、ぎりぎりまで大丈夫だろうという思い込みといってもいいかもしれない。どこかへ出かける際も、たとえばスマホの乗換案内のアプリでぎりぎり遅れないくらいの最適な時間を調べる(そういう時はきまって電車が遅延するのだが・・・)。そしてむろんこの原稿も、〆切日でありweb墨滴に掲載される日でもある今日まで一切手を付けなかった。そのせいで、今大慌てでパソコンに向かっている。しかも今日は連盟の1年会があるので、もうすぐ家を出なくてはならないのである。このぎりぎり癖は、言い換えてみれば怠慢ということになるのかもしれない。

 先日、このぎりぎり癖のせいでやらかしてしまったことがある。それはある授業の期末試験でのこと。その授業は、筆者の所属学部ではいわゆる楽単として有名で、1限にも関わらず500名近くもの学生が履修している。試験100%ではあるものの、全て持ち込み可のマークシート+論述というとにかく神がかり的な評価方法は、単位に目がない学生たちを引き寄せている。試験問題も非常に簡単であり、きついのは朝早く起きることだけである(まあこれが辛いのだけれども)。
 そしてその試験中でやらかした事の顛末はこうだ。筆者は心配性な性格も相まって、一問ずつ教科書とじっくり照らし合わせながらマークシートを塗りつぶしていく。そのせいで残り時間が少なくなっているので見直しは後回しにし、大慌てで論述に取り掛かる。ようやく試験時間ぎりぎり残り1分で書き終わり、安堵感でいっぱいの中、何気なくマークシートと問題を見る。嫌な予感が脳裏をかすめる。なぜ36問しかないはずなのに38問もマークされているのだろうか。気づいたときにはもう遅かった。試験終了の合図がかかる。放心状態の筆者を横目に、解答用紙が回収されていく・・・。
 ようはマークシートをずらしたのである。ざっと見たところ空いているところはなかったので、どこか重複してマークしてしまったことになる。試験直後は、「マークシートなんか嫌いだ」とTwitterでつぶやいたが、よくよく考えてみれば筆者が余裕を持って問題を解き、見直す時間を設けていれば問題なかったことであった。むろんどこからずらしたかは記憶にないので、楽単を落単したかは来月までわからない。ただ一つ明白なのは、もうぎりぎりはやめようとその時誓ったはずなのに、今ぎりぎりでこの原稿を書いている筆者がバカだということである。
 読者諸氏のなかで、もしもこのぎりぎり癖の治し方をご存知な方がいたら、ぜひご助言を賜りたい。そして本来いただいていたテーマである「連盟合宿に向けて」とはかなりかけ離れたものになってしまったことを陳謝し、筆をおく。

平成丙申年如月十日
細谷 篤志