web墨滴

こちらは立教大学書道研究会presents Web墨滴です。

ひねくれ男の年末年始

またしても原稿を書いている。しかもテスト、レポートやら何やらが迫りくるこの時期にだ。別に書きたくて書いているわけではない。昨年末の書道展において、拙稿「或る男の妥協とその末路」(『墨滴 書道展号』所収)が、不本意にも脚光を浴びてしまったのである。それもすべて前代表・O氏の「おかげ」であり、氏の鶴の一声で、筆者の月1連載が決まった。O氏には「いろいろな意味」で感謝申し上げたい。さて連載第1回目となる今回は、「年明けに思うこと」というテーマをいただいたので、できるだけそれに沿った話をしてみたい。

この年末年始、筆者が非常にうんざりしたのが「あいさつ」である。年末になれば「よいお年をお迎えください」と多くの方々から言われるわけだが、筆者が困ったのはその返答である。何と言えばよいのだろう。「はい」とか「ありがとうございます」でよいのだろうか。それを言った後で「よいお年を…」と言えばよいということなのか。でも何かすっきりしないのである。こちらも同じ返答をしても変ではないだろうか…と筆者は、小さなことでもバカみたいに深く考え込んでしまう癖があり、年末のあいさつにはほとほと疲れてしまった。

またバイト先(とあるスーパーの惣菜売り場でバイトしている。周りにはほぼ中年のおば様方しかいない中、週5日でシフトに入っている。)の人たちにも同様のあいさつをされるわけだが、内心、「こんなバイトを続けている限りよい年なんか来ねえよ」と思いつつ、笑顔で「来年もよろしくお願いします」と返答していたことは内緒である。

そんなこんなで年が明けてしまった。O氏に(半ば強引な)勧誘を受けたのがついこの間のことのように感じられるが、それももう昨春のことになる。1年生でいられるのは残りわずかであり、あと3ケ月もすれば新歓の時期であることを考えるとまことに恐ろしい。年始になってからは決め台詞のように「明けましておめでとうございます」と事あるごとにあいさつしているが、はっきり言って全然めでたくない。時の経つスピードに全くついていけず、何だか口にすればするほど、もの悲しい思いでいっぱいの今日この頃である。どうか皆様、こんなひねくれ者ではありますが、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 

平成丙申年正月吉日

細谷 篤志